禁酒
一年ほど禁酒していたことがある。二回目の個展の頃だった。いっぱしにスランプ
に陥ったりして、酒飲んでる場合じやないだろうということもあったし、酔ったまま何
か造っても、造っている時は御機嫌で絶好調なのだが、次の日、目が覚めるとガッ
カリと云う事になり、大げさになるだけでロクな物ができない。いっそのこと次の個展
が終わるまで酒を断とうというわけだ。その頃、電気溶接で、公団の物干しなどを作
っていたのだが、おそらく隣の自動車塗装工場から溶剤の匂いが漂ってくるのだろう。
『酒?』と溶接の手を止め、溶接用マスクを跳ね上げ、ボールを見失ったキャッチャ
ーのように辺りをみまわすことたびたびであった。なんとか我慢の日々が続いたが、
そんな時テレビを見ていて困る事があった。ドラマや映画で酒場のシーンがでてくる
が、どんなに役者がうまそうに酒を飲んでいても、それは別にどうということはないの
だ。しかし演芸番組の中に一人だけマズイ人物がいた。噺家の金原亭馬生である。
(志ん生の長男。池波志乃の父親)この人の落語には酒飲みが出てくるが、これがま
ったくどうしようもなく始末が悪い。ドラマで酒場やバーなどのセットの中、実際は水
やウーロン茶などだろうが、それを飲みながらのリアルな演技など、座布団の上で、
湯のみ一つで演じられる馬生の呑み助のイメージにはとうてい及ばない。始めシラ
フだった人物が、ジワリジワリと酔っていく。それにつれて見ているこちらの咽のあた
りがイライラッ、としてくるのだ。私にはいくらか被虐趣味があるのか、判っているのに
わざわざ見てしまうのだが、そのうちあまりのつらさに禁酒の間はテレビに馬生の顔
が出てくると、即座にチャンネルを変えるようになってしまった。それにしても芸という
ものは凄いものだとつくずく思ったものである。